みどころ
HIGHLIGHT
みどころ
色、形、線、冒険のはじまり
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約20年ぶりの開催!
20世紀芸術の巨匠アンリ・マティスの大回顧展
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世界最大規模のマティス
コレクションを誇るパリ、ポンピドゥー・センターから
名品約150点を紹介 -
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“フォーヴィスム”の夜明け、
マティス初期の傑作《豪奢、静寂、逸楽》日本初公開
企画趣旨
20世紀を代表するフランスの巨匠、アンリ・マティス(1869–1954年)。純粋な色彩による絵画様式であるフォーヴィスム(野獣派)を生みだし、モダン・アートの誕生に決定的な役割を果たした彼は、84歳で亡くなるまでの生涯を、感覚に直接訴えかけるような鮮やかな色彩と光の探求に捧げました。彼が残した仕事は、今なお色あせることなく私たちを魅了し、後世の芸術家たちにも大きな影響を与え続けています。
世界最大規模のマティス・コレクションを所蔵するポンピドゥー・センターの全面的な協力を得て開催する本展は、日本では約20年ぶりの大規模な回顧展です。絵画に加えて、彫刻、ドローイング、版画、切り紙絵、晩年の最大の傑作であり、マティス自身がその生涯の創作の集大成とみなした南仏ヴァンスのロザリオ礼拝堂に関する資料まで、各時代の代表的な作品によって多角的にその仕事を紹介しながら、豊かな光と色に満ちた巨匠の造形的な冒険を辿ります。
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1章
フォーヴィスムに向かって
1895–1909法律家になる道を捨て、画家になることを決心し修行をはじめたマティスは、パリ国立美術学校で象徴主義の画家ギュスターヴ・モローのアトリエに入り、伝統的な画法から離れ、新しい絵画の探求を始めます。本章では、画家としてのアイデンティティを確立していく最初期から、大胆な色彩と筆致による「フォーヴィスム(野獣派)」の立役者としてスキャンダルを巻き起こしながら注目を集めたのち、平面的で装飾的な画面構成をはじめるまでの、マティスの20世紀初頭の活動を紹介します。
《読書する女性》
1895年 油彩/板 61.5×48cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館マティスは、読書に没頭する女性を、コローの人物像を彷彿とさせるような、写実的かつ抑制された色彩で描きました。国民美術家協会に出品された本作は、当時のパートナーで2年前に長女マルグリットを出産したキャロリーヌ・ジョブローをモデルにしています。
《豪奢、静寂、逸楽》
1904年 油彩/カンヴァス 98.5×118.5cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館ポール・シニャックの招きでひと夏をサントロペで過ごしたあとに、その影響下で新印象主義の原理を援用して光に満ちた理想郷ともいうべき風景を描いた作品。彼はこの直後に、筆触を荒々しく変化させ「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれる様式に進むことになります。
《豪奢、静寂、逸楽》
1904年 油彩/カンヴァス 98.5×118.5cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館ポール・シニャックの招きでひと夏をサントロペで過ごしたあとに、その影響下で新印象主義の原理を援用して光に満ちた理想郷ともいうべき風景を描いた作品。彼はこの直後に、筆触を荒々しく変化させ「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれる様式に進むことになります。
《豪奢I》
1907年 油彩/カンヴァス 210×138cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館《豪奢、静寂、逸楽》に連なる作品としてその3年後に描かれた牧歌的な風景。巨大な女性たちの位置関係が不明瞭である分、平面的な空間構成が目を引きます。フラットな筆触と落ち着いた色調は、マティスが「フォーヴィスム」に飽き足らずその先の絵画空間の探求に進んだことを示しています。
《豪奢I》
1907年 油彩/カンヴァス 210×138cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館《豪奢、静寂、逸楽》に連なる作品としてその3年後に描かれた牧歌的な風景。巨大な女性たちの位置関係が不明瞭である分、平面的な空間構成が目を引きます。フラットな筆触と落ち着いた色調は、マティスが「フォーヴィスム」に飽き足らずその先の絵画空間の探求に進んだことを示しています。
《アルジェリアの女性》
1909年 油彩/カンヴァス 81×65cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館1909年に訪れたベルリン美術館でアジア美術に触れたマティスは、エキゾチックな衣装をまとった女性の肖像画群を手がけたのち、この《アルジェリアの女》を描きました。透明な衣装から透ける身体が造形的に背景の空間と結びつけ、その生命力が画面全体に満ちています。
《アルジェリアの女性》
1909年 油彩/カンヴァス 81×65cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館1909年に訪れたベルリン美術館でアジア美術に触れたマティスは、エキゾチックな衣装をまとった女性の肖像画を手がけたのち、この《アルジェリアの女性》を描きました。透明な衣装から透ける身体が造形的に背景の空間と結びついており、その生命力が画面全体に満ちています。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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2章
ラディカルな探求の時代
1914–1918第一次世界大戦中、息子ふたりを含む周りの人間が徴兵されるなか、ひとり残されたマティスは、この状況に抵抗するかのように、画家の転機となるような革新的な造形上の実験を推し進めます。本章では、マティスがアトリエと開放的な窓というモチーフによって、内と外を融合させながらひとつの絵画空間を成立させようとする試みを紹介します。また、キュビスムの影響のもと、抽象化という造形的な実験のモチーフとして扱った肖像画の数々も展示します。
《白とバラ色の頭部》
1914年 油彩/カンヴァス 75×47cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館マティスが長女マルグリットを描いた30点ほどの肖像画の1点で、幾何学形態に単純化された平面的な構成は、友人フアン・グリスとの対話の成果と見られ、彼の作品のなかでは最もキュビスムの影響が色濃い一点といえます。
《金魚鉢のある室内》
1914年 油彩/カンヴァス 147×97cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館セーヌ川に臨む窓のあるアトリエ空間を描いた作品。微妙な諧調の青によって統一された画面の中央に、この前年に滞在したモロッコの思い出である金魚鉢が描かれ、内と外の空間をつないでいます。
《コリウールのフランス窓》
1914年 油彩/カンヴァス 116.5×89cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館1914年、マティスは、第一次世界大戦勃発直後にこの謎めいた作品を描きました。西洋絵画における視覚のメタファーである窓が、黒く塗りつぶされて、視線の侵入を拒み鑑賞者に向かって跳ね返す、内部であり外部であるような両義的な色面として出現しています。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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3章
並行する探求─彫刻と絵画
1913–1930彫刻はマティスにとって、その造形活動全体にリズムを与えるものといえます。絵画のアイデアが素材との接触のなかで模索されている転換期に、彫刻があらわれるのです。本章では、女性の頭部の再現ではなく、それを作る「過程」を主題にした1910年代の「ジャネット」シリーズから、1925年前後に集中的に制作された、彼にとっては絵画と彫刻の両面で重要なモデルであった「アンリエット」の頭部のシリーズ、そして20年にわたって探求されたモチーフである「背中」シリーズまで、その主要な彫刻作品を紹介しながら、絵画と彫刻の往還によって紡がれる彼の造形的な実験を辿ります。
《背中I–IV》
1909–1930年(Ⅰ:1909年/Ⅱ:1913年/Ⅲ:1916–1917年/IV:1930年)
ブロンズ Ⅰ:190×116×17/Ⅱ:188×116×14/Ⅲ:190×114×16/IV:190×114×16cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館20年以上の月日をかけて4点が制作された等身大の女性像である「背中」は、それぞれが、《ダンス》などのモニュメンタルな絵画の制作時期と関わっていることが指摘されています。マティスは折々の造形的な課題に応じてこの原型に立ち返り、これらの作品を制作しました。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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4章
人物画と室内画
1918–19291920年代、ニースに居を構えたマティスは、以前よりも小さいカンヴァスを用いて、肖像画や室内画、風景画を描き、伝統的な絵画概念に向き合うようになります。本章では、人物画と室内画を中心に、マティスがこれまでの造形的な実験を再検証した10年間の試みを紹介します。この頃からマティスにとって重要なモチーフとなる、イスラムのスルタンに仕える女性「オダリスク」は、先人たちが描いてきた異国趣味の歴史に連なると同時に、人物と空間を絵画的緊張のなかに配する探求に欠かせないものでした。また、この時期に描かれた、生き生きとした画家のまなざしを感じさせるドローイング群も多数紹介します。
《赤いキュロットのオダリスク》
1921年 油彩/カンヴァス 65.3×92.3cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館マティスにとって重要な主題である「オダリスク」の最初を飾る作品。フランス人モデルをイスラムの女性に扮装させ、アトリエを劇場のように飾り付ける虚構的なしつらえは、画家にとって、裸婦を空間のなかに違和感なく配置し、造形的な実験を行うために必要なものでした。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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5章
広がりと実験
1930–19371930年代のマティスは、アメリカやオセアニアを旅し、新しい光と空間に触れながら、再び豊かな造形上の探求に戻ることになります。本章では、《座るバラ色の裸婦》(1935–1936)や《夢》(1935)など、最晩年までマティスの特別なモデルとなるリディア・デレクトルスカヤを描いた作品を中心に、絵画のフォーマットに人物の形態を挿入する方法について、無数のヴァリエーションを伴いながら追求したこの時期の試みなどを紹介します。
《夢》
1935年 油彩/カンヴァス 81×65cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館アトリエでのアシスタントを務めたのちに、秘書・お気に入りのモデルとして、1954年の画家の死までその傍らにいたリディア・デレクトルスカヤを描いた作品のひとつ。安息する彼女の上半身が画面全体に配置され、心理的かつ造形的な充足が表現されています。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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6章
ニースからヴァンスへ
1938–1948再び戦争がはじまり、高齢と病気のためにフランスを離れることをあきらめたマティスは、療養を続けながらニースからヴァンスへと居を移します。彼は、寝たきりの時期であってもドローイングや本の挿絵の制作などに没頭し、ドローイング集『主題と変奏』をはじめとする重要な仕事を残しています。本章では、色彩に満ちた画家のアトリエという彼の長年の探求の集大成といえる大画面のカンヴァス作品群から、マティスが装丁を手がけた美術文芸誌『ヴェルヴ』など、この時期の多彩な仕事を紹介します。
《マグノリアのある静物》
1941年 油彩/カンヴァス 74×101cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館何十枚もの習作や関連するドローイングが存在するこの静物画は、同じような制作過程を経た一連の作品のひとつです。絵画が成立する複雑なプロセスを見せるために、マティスはのちにこれらの作品を、制作過程の写真とともに展示しています。
《赤の大きな室内》
1948年 油彩/カンヴァス 146×97cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館1946年から1948年にかけて集中的に描かれた、ヴァンスのアトリエのシリーズの最後を締めくくる、マティスの色彩に関する仕事が凝縮された大作です。絵画、テーブル、敷物等が、コントラストをあらわにしながら対で配置され、絵画空間に緊張状態を作り出しています。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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7章
切り紙絵と最晩年の作品
1931-19541930年代より習作のための手段として用いてきた切り紙絵が、40年代になると、マティスにとって長年の懸案事項であった色彩とドローイングの対立を解消する手段として、重要なものとなっていきます。本章では、「ハサミで描く」というこの画期的な手法によって生み出された、巨匠の最晩年の豊かな作品群を紹介します。グワッシュで彩色された鮮やかな切り紙絵による書籍『ジャズ』、絵画空間に人物の形態をいかに挿入するかという、マティスの長年の探求の終着点ともいえる大画面の切り紙絵、さらには、建築的なスケールで展開するようになったこの時期の代表的な作例として、切り紙絵を原画にして制作され、アトリエの壁に設置された2枚組の大作「オセアニア」などが展示されます。
《イカロス(版画シリーズ〈ジャズ〉より)》
1947年
ポショワール/アルシュ・ヴェラン紙
42×65.5cm ポンピドゥー・センター/国立近代美術館切り紙絵に画家の筆跡による文章をつけたこの「色彩の本」は、当初「サーカス」というタイトルが候補に挙げられており、これにまつわるモチーフも多くみられます。しかし最終的に「ジャズ」と題されたのは、マティスがこの音楽の即興性と活気に、切り紙絵の制作との類似を感じていたからだといわれています。
《オレンジのあるヌード》
1953年 墨/切り紙絵/カンヴァスで裏打ちした紙 155×108cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館亡くなる前年に制作されたこの作品は、最後の日々に制作された大型の切り紙絵のひとつで、筆で描いたドローイングに、色紙で作った3つのオレンジが付け加えられています。それだけの簡単な配置によって、空間に旋回するような活気がもたらされています。
Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle
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8章
ヴァンス・ロザリオ礼拝堂
1948–1951最晩年にあたる1948年から1951年にかけて、マティスは、ヴァンスのロザリオ礼拝堂のためのプロジェクトに没頭します。建築、装飾、家具、オブジェ、典礼用の衣装などを含むこの総合芸術のために、マティスは、ドローイング、彫刻、切り紙絵など、これまで探求してきた技法を駆使して、光と色と線が融合する空間の創出を目指しました。本章では、ヴァンスの内部や制作中のマティスの様子を伝える豊富な資料とともに、装飾や典礼用の衣装のデザインのためにマティスが残したドローイング類などを展示します。さらに本展のために撮りおろした映像とあわせて、このマティスの最高傑作と言われる色と光にあふれた空間を、多角的にご紹介します。
《上祭服[マケット]》
1950–1952年 綿布で裏打ちした切り紙絵 表側[左]:132.6×197/裏側[右]:126×197.5cm
ポンピドゥー・センター/国立近代美術館 カトー=カンブレジ・マティス美術館寄託ヴァンスのロザリオ礼拝堂を完成させたのち、マティスは、典礼の種類に合わせた6色の上祭服をデザインしています。本展では、ミサ、万聖節、聖金曜日での使用を想定した黒の上祭服を紹介します。復活の象徴である十字架に、植物のモチーフや、「見る、察知する」を意味するプロヴァンスの言葉がちりばめられています。
Photo musée départemental Matisse, Philip Bernard
《ヴァンス礼拝堂、ファサード円形装飾〈聖母子〉(デッサン)》
1951年 墨/カンヴァスで裏打ちした紙 直径162cm
カトー=カンブレジ・マティス美術館西側のファサードにあるステンドグラス「生命の樹」の上部に設置された、陶器でできた円形装飾のためのドローイング。この作品の制作のために、長い杖を使って筆を走らせるマティスの様子が、記録写真に残されています。
Photo musée départemental Matisse (DR)
マティスの最高傑作「ロザリオ礼拝堂」を4K映像で!
マティスが最晩年に自身の集大成として手がけ、最高傑作のひとつともいわれる南仏・ヴァンスのロザリオ礼拝堂。生涯にわたり探求してきた技法を駆使して創出された、色と光にあふれた空間を撮影しました。
マティスが愛した午前11時に差し込む冬の光、そして1日の礼拝堂内の光の移ろいを、およそ5mに及ぶ巨大なスクリーンに上映します。展覧会のために撮り下ろされた4Kの高精細映像を、高輝度・高画質の映像機材でご堪能ください。ロザリオ礼拝堂 堂内 ©NHK
ロザリオ礼拝堂 外観 ©NHK
ロザリオ礼拝堂 堂内 ©NHK